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「爆弾低気圧〜続・帰宅困難者」
いわゆる「爆弾低気圧」と呼ばれた春の嵐だった。そしてまた仕事関係の方に負担をかけてしまった。
「3.11」のあの地震の時も、去年の夏の台風による凄い風雨のため帰宅難民になった時も、
そして今回も。 そのたびに災害のもたらすいろいろなトラブルに、私たちは翻弄させられる。
実は、半年前の帰宅困難者になったときの続編を書いていたのだが、
公開するのをためらっているうちに忘れてしまった。そこで今回はそれを公開してみます。
もう半年前ですが、よかったら読んでください。
1. 先日の台風による首都圏の交通機関の運転見合わせによる影響を受けた人を
ニュースでは「帰宅困難者」という表現をしていた。私はまさに、その帰宅困難者の一人であった。
前回、相模原線にやっと乗れたところまで書きましたが、実はそのあとも最後のトラブルが待っていました。
ネットブックを入れた大きめのリュックをしょっていたので、乗り込んだとき網棚の前にうまくスペースを取り、
網棚に荷物を載せることができたのはラッキーだった。
もし網棚に載せてなければ、それだけで周りの人に不快を与え大変だった。
でも安心するのもつかの間、満員電車で、発信や停車をするからそのたびごとに
みんなの重力が、人の重さが背中に「ズシッ」とのしかかるのだ。
つり革につかまっていたけれども、腕1本でかなりの重量を支えるのはきつかった。
特に、一駅ごとに止まるだけでなく、各駅からやっと動き出した電車に
やはり降りた人たちの分だけまた入って来るのだ。
しかもあるときには電車が私のいる方に傾いていたりして、するとすべての人の重さが背中にずっしり・・・
こんなことは、過去にも私は経験のないことであった。
なんとか腕1本折ることもなく生き延びることができたが、
ただ変な姿勢を強要されたことから体のあちこちから悲鳴があがっていた。
私などはまだ体力的に自信があるからいいが、
女性の方、もっとお年を召された方にとっては、本当にお気の毒だったと思う。
助けてあげたいが助けようがない、どうしようもない時があるということを痛感させられた。
大災害の時など、人の生死に関わる時、どうしようもなく、ただ手をこまねいてみているしかない。
なすがままにされているのを、ただ黙ってみているしかない時が、実際にあるということを、実感させられた。
ちょっと状況が違うのだが、その実感を身をもって教えてくれる動画がたまたまあった。
「電車飛び込みの映像です。http://www.youtube.com/watch?v=CYNU4nIwQG8&feature=related
精神的ショック、そしてどうしようもなくみているしかない状況がわかります。
※ただしこの映像はかなりの衝撃を受けますから、十分覚悟した方だけご覧ください。
精神力に自信のない方は絶対にみないでください。 「!!!グロ注意!!!」
身体的・肉体的な部分だけでなく、確かに精神的な衝撃、ストレス障害が起こる危険性を肌身に感じた。
いき述べることのできた人も、その後のストレス障害のもたらすケアが絶対に必要だと思った。
結果的に、いつもよりも1時間遅れで到着した。本当につらい1時間だった。
2.台風による運転見合わせは、地震とは違って復旧のめどがたつので、
まだ混乱するほどではなかったが、それでもやっと目的地に着いた時は、
久しぶりのストレスで胃が痛くなっていた。
本来なら、15時半に出発して17時には着くはずだったのが、22時過ぎに着いたのだから、
5時間も不快な状態を過ごしたことになる。この間、確かにいろいろな点で辛かった。
まずは、出だし順調だと思っていたはずの新宿抜けが、笹塚でもろくも崩れ去ったこと。
第2は、中央線快速のホームについてさあ、電車が来るぞと待っていたときに、
途中の区間の運転見合わせが、アナウンスされたこと。
第3は、せっかく渋谷に向けて山手線に乗り込んだと思ったら、
電車が止まったままで、2,3分後に「しばらく停車する」とのアナウンスがあったこと。
第4は、新宿駅京王線の改札口で、40分間電車に乗るどころか、改札を通ることを許されず、
ずっと人並みの中に立ちつくしたこと。
第5は、普段のスピードと違ってのろのろ、遅々として状況が好転しない電車、
どうしようもない・・・むなしく時間だけが過ぎていく。
第6が、さきほどの電車内での圧迫による、「人間つぶれあんパン」状態。
3.私の姉は胃がんでなくなったから、近い立場にいた私が
もっとも気をつけなければならない病気なのだ。
5,6年前まではよく胃が重くなったり、潰瘍になったりすることがよくあった。
でもここ最近は少ないというか、不気味に調子がよすぎる感じなのだ。
おそらく、司試をやっていったときは重苦しい精神的な苦しみがのしかかっていたからではないかと思う。
とにかく今回の出来事によって胃が荒れていたことが久しぶりに意識された。
でも普段の自分の時間に戻れば一応ストレスはなくなる。
実際翌日にはあまり胃の痛みは感じなくなっていた。
4.東北・関東の大震災の結果住む家をなくしたり帰れなかったりした人たち・・・
もう半年も続いている。それを考えると、経済的・社会的損失(も相当なものだが)だけでなく、
精神的にも極限状況にいるのではないかと考えると、今度は胸が痛くなった。
「TOMORROW」−広瀬香美
1.最近、ふとしたきっかけから、また広瀬香美の曲を聴き始めた。
もともとは、もう25年以上前になるか、クラシック音楽に興味を持ち始めたときのこと。
都内の図書館めぐりをしているときに、この広瀬香美というアーティストを知り、
独特の作風、その透明で甲高い声の魅力に取り付かれてしまった。
2.はじめは、町田市に住んでいたころ、町田図書館でCDやカセットテープなどの音楽資料をも
借りられることに感動し、いろいろな音響資料を借りて録音していた。
普通はレンタルショップへ行って借りていたが、ここはクラシック音楽などは少ない。
そこで、CD屋さんに行って、クラシック関係は、千円からとわりと安く購入できることから、買っていた。
しかし、当時、読んでいた宇野功芳という人の「CDクラシック名曲名盤」の本の影響で、
聞いてみたいと思った名曲名盤が、市販されていないものも多かったので、図書館へいってみた。
都内23区の図書館でも、それぞれが独立していて、それぞれ単独に音楽資料を借りられることを知って、
図書館めぐりを始めたのである。
3.もう10年前になるだろうか、もうCDを持っていてもかさばるばかりで、置き場所にも困ってしまった。
もうそのころにはMP3という圧縮技術が広がっていて、より軽いデータにして
デジタルプレーヤーなどで持ち歩くという時代になりつつあったころだ。
すべてMP3形式、あるいはウィンドウズのWMA形式にして、
HD(ハードディスク)あるいはまとめてDVDに保存するということができたので、
過去20年間持っていたCD約200枚くらいだったか、すべてを
お世話になった23区の図書館、特に1回につき10枚まで借りられるという破格のもてなししてくれた、
「目黒図書館」に寄付して来た。すると部屋の中もすっきり。
もちろんなジャケットや歌詞などが見られないという不便さはあったが、
(たぶんスキャンして保存していたはずなのだが、見つからない、残念だが今ではあきらめている。)
音楽の世界に浸るには音だけの世界で十分であった。
4.そのときに出会った、広瀬香美の世界、歌詞と音、音節とのずれ。
今でこそ当たり前になっているが、このときはまだ少数派。
でもあまりにも堂々と、大胆にそれが当たり前のごとく、むしろそれが新しい音楽であるかのように
歌い上げられていた。びっくりした。
もともとは、私の世代で言えば、今はやりでもある「徳永英明」。彼から始まったように思われる。
彼が独自の世界を切り開いているせいか、許してしまう、
いつの間にか慣れる、今度は逆にそれが魅力に変わってくるから不思議だ。
やはり持っている音楽性、開かれる独特の世界、そのすばらしさが、形式をも魅力的なものにしてしまう。
5.そのパイオニアである彼が、あるTVでの対談で、広瀬香美を前にして、
そのセンス、歌唱力ともに自分よりも上ではないかという表情をしたのを私は見逃さなかった。
それは、あの村上龍がやはり吉本ばなな(先日亡くなった日本思想の1つの源流を形作った、
戦後日本の最大の思想家、吉本隆明の娘)との対談で、見せた表情と同じものであった。
確かに村上龍も、徳永英明も、今では文学界、アーティストの顔になっている存在であるが、
その二人が、前にしただけでその才能にかなわないという雰囲気を醸し出させるだけのこの二人、
吉本ばななは十分その名をはせているが、広瀬香美ももっと評価されてもいい存在ではないかと思う。
よろしかったら、すばらしい歌声を聴いてみてください。
広瀬香美 tomorrow 歌詞
「元気な声を聞かせて まぶしい笑顔を見せて」 から始まって
「数えきれぬ涙は 星空に消せばいい・・・
限りなく果てしなく続く 明日に負けそうな心に
虹を架けてあげよう tomorrow 今日こそ tomorrow 超えよう
追い越されそうな毎日 流されてはいけない
強い勇気と大きな夢を あなたを信じてる・・・
こちらは、ライブ映像です。1年前の彼女が、CDとは違うライブ特有のアレンジで歌いあげています。
また、なんと!最後にこの曲を聴いていた人の顔が映るが、指揮者の佐渡裕さんと、
今いっぱい本を出している公認会計士の勝間和代さんが・・・TVの収録動画だったのか?
広瀬香美「 Dear 」
世界標準のフォーマット「PDF」
無料のPDFリーダーでPC上ならどこでも読める素晴らしいものであったが、
私は動作が重くてあまり好きになれなかった。
だから、何でも形を崩さず、フォントまで組み込んんで見たままのデータを保存する、
同じ機能を持ったソフト、しかしデータ量が軽い、富士ゼロックスのソフト「ドキュワークス」を買って、
データ保存をしたものだ。
今でももちろん使えるのだが、でも今後保存方式として淘汰されるのではないかと考えると躊躇してしまう。
これからはPDFで保存するのが一番と思ってしまう、やはり世界標準の力は大きい。
これが、「一人勝ち経済」を表している一つの具体例かなとも思った。
2. しかし近年、PDFがそのシステムオープンソースにしたことから、
いろいろな種類のPDF関連ソフトが出てきた。その結果たまたま「FOXIT READER」という、
カモメを模したアイコンのソフトが出て来て、使ってみるとびっくり!その軽さに驚いてしまった。
そしてビューワソフトだけでなく、編集ソフトも出て来て、officeデータやテキストデータなどの
取り込み、抽出、変換等ができ、その使い勝手の良さは格段に進歩した。
それまでは、アドビ・アクロバットなど1万円以上もするソフトでないと出来なかったのが。
今では数千円以内でほとんど編集でき、場合によっては無料のもの(機能は少ない)も出て来て、
PDFの世界は広がった。
3. PDFのもう1つの利点、それは紙の本として出版されたものを電子化する形式として利用できることだ。
初めから電子書籍として造られたものは、データ量も少なく、軽いし、フォントの種類や大きさ、
あるいは配列の仕方まで換えられる、凄い媒体だ。 しかしいかんせん、その数が少なすぎる。
新刊本はこれからはほぼ紙の本と一緒に電子書籍化するだろうが、
過去に出版された本の電子化は今のところ少数派だ。
そこで活用されるのが、書籍の裁断機と、連続読み取り機能の付いたスキャナを駆使して
データ化する形式としてのPDFだ。こうしてできた本をを「自炊本」というが、
私も業者に頼んで出来た自炊本が200冊くらいある。
32GBのマイクロSDに詰め込んんでいつでも参照できるようにしている。
4.PDFは、フォントも画像もレイアウトも全て保存できるから、リーダーさえあればどんなものでも
表示できる素晴らしいデータ形式だ。その反面やはりデータ量が多くて、大容量メディアでも
持ち運ぶのは大変だ。例えば、イミダス2010年の本をスキャンしてPDFにすると、1冊で1ギガバイトも
のデータ量になってしまうのである。ただこれは例外的だ。
300ページくらいの単行本だと、もちろんカラーで、解像度は必要十分の300dpiでのデータ量は、
それでも100メガバイト。でもこれが一応の標準だろう。
だから、32GBのマイクロSDカードには、300冊入るはずだが、私のSDカードは
かなりかさばる事典類が入っているので150冊にも満たない状況である。
仕方ないから2枚に分けて持ち歩いているが、一覧性の観点から、使いづらいので、ちょっと不満である。
でもこんなちっぽけなマイクロSDカードに150冊も詰まっているなんて、本当にすごい時代になったと思う。
音楽、動画の次は、遂にこの書籍の時代が来た。
私の今一番の関心事、電子書籍リーダーのことはまた次回にでも書きます。








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